Babysteps

29才の高校教師です。学校、教育、高校野球について日々の思いを書きます。

教師の信頼とは〜生徒目線に立つことの意義

こんばんは、フサイチです。

 

 

新型コロナウイルスの影響により、

世の中は、不安と混乱に満ちています。

 

f:id:youkokurama:20200511234739j:plain

「オリンピックがあるから感染者数を低く見積もっているんじゃないか」

「政権維持のために、緊急事態宣言を出さないんじゃないか」

「買いだめしておかないと、物資がなくなるんじゃないか」

 

ネット社会においては、誰もが発信者となれる時代です。

不安を感じる人の発信を受けて、さらに不安が募る。

お互いが疑心暗鬼になり、

人を信じられない世の中になりつつあります。

 

そんな大人の様子を、もちろん子どもも見ています。

我々が慌てふためいて右往左往している姿を見て、

子どもは何を思うでしょう。

 

私が子どもの立場なら、

「あ、大人って言ってもそんなもんなのね」

「俺らもああいう風になってくのかな」

と思うでしょう。

 

f:id:youkokurama:20200511234631j:plain

子どもにとって、大人は未来です。

自分の進む先を想像できる、ただ一つの目印です。

私たちは、希望を抱ける目印にならなきゃいけないですよね。

特に、教員は最も身近な大人です。

一番近くにある、大きな目印です。

大人の中でも、模範でなきゃいけないんです。

 

「大人になるのも悪くないわ」

 

って子どもに思わせるような大人を見せなきゃいけないんです。


だけど今の先生はどうでしょう。

子どもや、周りの大人に信頼されているとは言い難いですよね。

 

いつまでも必要のない古い知識を教える教員、

自分の指導力を磨く努力をしない教員、

部活や生活指導など、厄介ごとを押し付け合う教員、

 

そんな教員で溢れています。

現場ではよく、

「生徒よりも教員に分かってもらう方が100倍大変」

と聞きます。誰もがそう思っています。

そんな教員に、子どもは信頼をおくでしょうか。

 

さて、前置きが長くなってしまいました、ごめんなさい。

子どもから信頼される教員は、どんな教員でしょうか。

たった二つです。二つのことを習慣にするだけでいい。

この二つの習慣、一見簡単そうに見えるし、実際簡単なんです。

ですが、現場で見ていると、7割以上の先生がこれをできていない。

これだけで、子どもは絶対に寄ってきます。

先生を信頼するようになります。

なぜなら、ほかの先生や大人がそれをやっていないからです。

子どもは本当は人を信頼したいんです。

一つずつ見ていきましょう。


1、嘘をつかない

皆さんも生徒にいいますよね、嘘をつくな。

思い込みで生徒に話してしまいそうになる場面がすごく多い。

生徒はあらゆることを先生に聞きにきます。

授業の終了時刻、修学旅行の日程、体育祭の組みの色、文化祭の予算、

先生も人間なので、全部知っているわけではありません。

でも、聞かれると知ったかぶりたくなるんです。

「知らない」と言ったとき、子どもにどう思われるかが怖いんです。

だから、適当や思い込みで答えてしまう。

これをやらないこと。

分からないときに、

「それはまだ確認してないから、先生たちで話し合って放課後に伝えるよ」

と、なぜ分からないのか、いつ分かるのかを伝えることです。

思い込みでものを言わない。嘘をつかない習慣をつけるだけです。

 

2、ワクワクしている

これは、

西野亮廣さんのTwitterをフォローするだけ。

毎日朝に、「今日もワクワクしてる?」って送られてきますから。笑

会議とか、ストレスとか、家庭の事情とか、

先生ってなかなか大変ですよね。

でも、子どもと話すとき、授業をするとき、部活で指導するとき、

仏頂面な先生と、ニコニコしている先生だったら、

どっちに話しかけますか。

もちろん、ニコニコしている先生ですよね。

少し想像すれば分かるんです。

大変なのは分かります。

でも、子どもの前に出るときは、ワクワクするのが先生の役目です。

f:id:youkokurama:20200511234739j:plain

大人の世界って、こんなワクワクな毎日なんだと、

子どもに見せるのが、私たちの役目です。

子どもに明るい未来を見せることが、先生の使命です。

 

「大人になるって、こんなワクワクしながら生きるってことなんだ」

 

毎日ワクワクしながら、過ごしましょう。

 

 

 

 

 

 

学校再開〜しかし、元どおりとは程遠い

こんばんは、フサイチです。

今日は、「学校再開〜しかし、元どおりとは程遠い」というテーマで書きます。

 

f:id:youkokurama:20200427221944j:plain

コロナウイルスの影響を受け、一斉休校が続いていました。

9月入学を推し進める報道もありましたが、

本日の教育学会の記者会見で、利点が少ないことが明確に示されたので、

これで9月入学の導入は見送られることでしょう。

 

現場では、ただでさえ休校期間中の学習の遅れを取り戻すことで精一杯で、

9月入学による年間スケジュールなどの再検討となると、

大きな混乱と教育活動への影響が出ていたと思います。

その意味では、良かったかなと思います。

 

f:id:youkokurama:20200427221903j:plain

本校では、6月1日から学校が再開される見通しです。

ここで新高1担任の私は、初めて自分のクラスの生徒に会います。

今までは、電話でしか話したことがありませんでした。

最初の2日間のオリエンテーションの後、授業が開始されます。

クラスを半分に分け、20人ずつ1日おきに登校し、

半日の授業になることと思われます。

そして、「授業は授業でしかできないことをやって、

家でできることは、家でやらせること」

と言われています。

 

例年と違うのは、

1、オリエンテーションが短い

2、クラス全員が揃うのが、最初の2日間のみ

3、家庭学習の時間が増えるということ。

です。

 

f:id:youkokurama:20200427222410p:plain

まず、オリエンテーションが短いこと。

これが一番深刻だとみています。

例年より、3時間ほどホームルームにかける時間が減ります。

クラスの様々な決め事を決めることができません。

また、しつけができません。

授業の受け方、提出物の出し方、問題行動をするとどうなるのか、

本来このオリエンテーションで繰り返し指導する内容です。

 

さらに、クラス全員が揃いません。

20人ずつしか来ないため、友人関係などにも支障を来しそうです。

さらに、家庭学習が増えることにより、

学習に関して、家庭の負担が増えます。

さらに家庭環境により、学力格差などにつながる可能性すらありそう。

例年と違うことにより、このような問題点を挙げることができます。

 

それでも、ICTの導入に関しては消極的な様子です。

具体的な方策は示されず、

「使うといいんじゃない?」程度の指示です。

 

f:id:youkokurama:20200405231658g:plain

そこで、クラス内でslackとzoomの導入を検討しています。

個人情報の保護など、課題はありそうです。

しかし、とりあえず試してみてダメだったらやめようかと思います。

例年通りにいかないんだから、どうせなら色々挑戦してみようかと思います。

ネットいじめと学校①〜そもそも”いじめ“はいつから始まったのか

こんばんは、フサイチです。

今日は「いじめはいつから始まったのか」というテーマで、

書きたいと思います。

 

そんなの日本史を辿ればキリがないですよね。

織田信長明智光秀に対して行った行為だって“いじめ”、

古典では、平安時代に「継子いじめ」という言葉も出てきます。

 

しかし、

結論から書きます。

 

日本でいじめが始まったのは、1980年代半ばなんです。

 

この理由を、今日は書いていこうと思います。

私は、実は大学院時代、ネットいじめについて研究していました。

最近、学校でのいじめが社会を騒がせる機会が減ってきました。

 

1、大津いじめ事件の衝撃

2011年、大津いじめ自殺事件によって、

”いじめ“が注目されて、

いじめの認知件数は前年の倍(約18万件)となりました。

 

そこで世の中は

「あれもこれも”いじめ“なんじゃないか」

という空気になり、

今ではいじめの認知件数は約54万件となりました。

膨大すぎて、もはや数字としての信頼性を失っています。

研究者の間でも「こんな数字あてにならねー」となっています。

それと同時に、“いじめ”問題に対する社会的な関心も失われていきました。

f:id:youkokurama:20200511234228j:plain

産経ニュースより転載
2、いじめの起源

日本の“いじめ”を語るとき、

まず必ず考えなければならない問題があります。

それは、

 

「そもそも”いじめ“っていつからあるの?」

 

という問題です。

f:id:youkokurama:20200511234631j:plain

Japaaanより転載

 

先ほど述べたように、”いじめ“という言葉は昔からあります。

しかし、今の時代と同じ概念で用いられていたわけではありません。

 

今は、文部科学省のHPに行けば、いじめの定義が示されています。

しかし、当時は“いじめ”という言葉の捉え方は人によりまちまちでした。

 

では、当時あいまいだった”いじめ“が定義されたのか。

定義されなければならなかったのか。

それは、“いじめ”が社会で問題視されるようになったからです。

 

「この”いじめ“はこれ以上起こるとまずいから、

ちゃんと言葉の意味を統一して、対策を練らねば!」

 

となったわけですね。

では、”いじめ“が、なぜ社会で問題視されるようになったのか。

それは、社会の中で、

”いじめ“によって受ける苦痛が死と結びつくようになったからです。

 

3、「いじめられたから、自殺します」

以前は、

「恐喝されて、リンチされて、精神的な苦痛を受けて自殺した。」

という、報道のされ方をしていたんです。

それが、1980年代になり、子供の遺書やニュース、新聞で

「いじめられて、精神的な苦痛を受けて自殺した。」

と言われるようになりました。

 

これを聞いて、世の中の人は、

「”いじめ“って、自殺するほど苦しいものなんだ」

という認識になるわけですね。

 

それによって世の中に、

「いじめられたから、自殺します。」

「いじめは、死に値するものなんだ」

と考える人間が増えました。

この現象は心理学用語で

「社会的証明の原理」(チャルディー二、2014)と呼ばれます。

f:id:youkokurama:20200511234739j:plain

ニコニコニュースより転載


死に値する苦痛として、”いじめ“が社会に認知された。

「いじめって死ぬぐらい辛いものなんだ」と社会が認め始めた。

この1980年代半ばが、日本の”いじめ“の始まりだとされています。

 

間山(2002)ら、多くの研究者がこの認識の変化をとらえ、

それを証明しています。

 

今のコロナと一緒で、社会の捉え方次第で、

人の認識は大きく変わるんですね。

10年スパンでいじめ問題は大きく取り上げられるので、

そろそろ、いじめが再び社会問題になってもおかしくない頃です。

教室が安全な場であるように、我々は尽力していかなければなりませんね。

 

〈参考文献〉

間山広朗 2002  「概念分析としての言説分析」

ロバート・B・チャルディー二 2014  「影響力の武器」

休校中の高校教師は何をしている?〜転勤一年目のコロナ

こんばんは、フサイチです!

さて、私は一応高校教師という仕事をしています。

5年目の今年は、異動により新しい環境となりました。

3月に初めての卒業生を送り出したばかりです。

新高1の担任となり、学級経営の準備も進めていました。

 

「どんな生徒がいるのだろう」

「どんな学校なんだろう」

 

という不安を抱きつつ、

 

「クラス運営も新しいことに挑戦しよう」

 

と燃えていました。

 

具体的には、

「クラス・ディズニーランド化計画」

と銘打って、

「ワクワクと感動を生み出すクラス作り」を目指そうと思っていました。

 

youkokurama.hatenablog.com

 

しかし、コロナ。

入学式は、椅子並べ、呼名の練習など、準備を進めていたものの、

前日の帰宅直前に中止が決まりました。

 

その後まもなく、緊急事態宣言が出され、在宅勤務を余儀なくされました。

入学式をしてあげられなかったことへの失意と、

外出自粛の生徒達は会ったことないけど大丈夫なのかという心配と、

この状況がいつまで続くんだろうという不安と、

いろんな感情が入り混じりつつ、家での勤務を続けています。

 

教員の仕事は正解がありません。

また、異動のタイミングだったので、たまっていた仕事もほとんどありません。

なので、在宅勤務をしていても、

この仕事でいいのか、これは仕事と呼べるのかと、正直難しいです。

f:id:youkokurama:20200107153618j:plain

この境遇で、私が今している仕事を書きます。

同業の方には、今どんな仕事をしているんでしょうか。

 

「私はフサイチと違ってこんなことをしている」

「私も同じことやっています」

 

他業種の方から見て、今の教員の仕事はどう見えるんでしょうか。

「教員(フサイチ)は楽なことしすぎ」

「教員は今そんなことをやっているんだ」

 

教えて欲しいです。

そのつもりで書きます。

 

在宅勤務での業務内容

1、部活について

・指導書による野球技術の勉強

・録画した甲子園を見ながら采配、野球技術の勉強

f:id:youkokurama:20200501230309j:plain

2、学級経営について

・学級通信の作成

・ディズニーランド化計画の具体化

・係分担の見直し

・掃除当番表の作成

オリエンテーションでやることの整理

・所信表明の構想

・その他書式の作成(成績処理、出欠処理表などなど)

 

3、授業について

・授業の予習(1年現代文、古文、3年選択)

 →授業ひとつにつき2時間程度

・ワークシートの作成

オリエンテーションのレジュメ作り、授業の注意事項作成

・新たな授業方法の導入検討

 

4、読書

f:id:youkokurama:20200501230411j:plain

大きく分けてこの四つです。

それぞれ同じくらいの時間配分でしょうか。

野球が多い気はしますが。笑

 

あとは、オンライン講演会やオンラインサロンで、

西野亮廣さんの話を見たり聞いたりすることで、

新しいことに挑戦するための発想のヒントを得ています。

 

また、お笑い芸人のはぎちゃんさんと、

ZOOMで20分話す機会があって、色々と質問させてもらい、

話しのプロの技術を勉強させてもらいました。

 

生徒と一緒にいることで学べることももちろんあります。

でも、一人で知識を頭に入れ、生徒指導に生かす学びもあります。

今のうちに、たくさんの視野を頭に叩き込みたいと思います。

他にやれる仕事やおすすめの本があれば教えてください!!

Twitterやコメント欄など、ご意見お待ちしています。

一斉休校が続くと何が起こるか〜戦後最大の休校が生み出す3つの弊害

こんばんは、フサイチです。

高校教師で、国語科で、野球部監督で、新一年担任です。

異動した高校で即担任だったので、

 

「これは初年度から忙しくなりそうだな、気合いはいるわ」

 

と思っていたんですが、コロナ。

たまに学校に行きながら、自宅警備員としてこの1ヶ月勤務しました。

 

戦後初の一斉休校。

学校現場で働いている人が、誰も経験したことのないことです。

f:id:youkokurama:20200427221944j:plain

Yahooニュースより転載

東京都は一斉休校を5/10まで延長しました。

5月いっぱいまで延長した都道府県もあります。

学校を再開したら、通学中や学校生活中、

多くの場面でいわゆる「3密」の状況を余儀なくされます。

クラスターも怖いです。

 

しかし、ずっとこのまま一斉休校というわけにも行かなそうです。

なぜなら、一斉休校による弊害も、多くあるからです。

 

一斉休校が続くと何が起こるんでしょうか。

次の3つの視点から考えて行きたいと思います。

 

 

1、学力格差の拡大

f:id:youkokurama:20200427222030p:plain


学校を再開しないと、各家庭の教育力に依存するため、

学力の格差はエグいくらい広がります。

やる子とやらない子がハッキリ分かれます。

オンライン授業受けながら携帯いじってても、ほぼバレないです。

そして、バレても怒られないし没収されないです。

 

2、コミュニケーションスキルの低下

f:id:youkokurama:20200427222206p:plain


生徒の対人関係に目を向けてみます。

休みが続くと、話す相手は限定されます。

家族、仲の良い友人、彼氏彼女、バイト仲間、SNS上の気の合う仲間、

以上です。

家族か仲良しのグループとしか話さないんですよね。

学校の授業があると、話したくない相手でも話さなきゃいけない状況があります。

 

授業のペア学習、先生への提出物の提出、部活の先輩などなど、

 

挙げると意外とたくさんあります。

気心の知れた相手とばかり話していると、コミュニケーションが限定されます。

言葉遣いも、多少間違えても仲良しだから大丈夫です。

これがコミュニケーション能力の低下に繋がります。

 

3、ストレス耐性がなくなる

f:id:youkokurama:20200427222410p:plain


最も深刻な問題です。

Stay Homeは、生徒にとっては苦痛ではありません。

ゲームもできるし、仲の良い友達とはLINEできるし、

ダルい授業受けなくて良いし、親は仕事行ってていないし。

そう思っている生徒がかなり多いようです。

 

「やりたいことだけやってれば良い」

 

これって、ヤバいと思いませんか。

授業、委員会、部活、

時間で区切られた制限のある生活は、ストレスがかかります。

このストレスが緊張感を生み、メリハリのある生活を促します。

人間はある程度ストレスがないと、たるんだ糸のように、

覇気のない生活になってしまいます。

 

長期にわたり、このように糸がたるみ続けるとどうなるか。

 

「我慢」ができない子が生まれることになるでしょう。

小さなことでひどく落ち込んだり、自分を傷つけたくなったり、

そういう子が増えてしまうのではないかと危惧されます。

今の状況でも勉強できる子は、そもそも学校がなくても自制できる子です。

しかし、そのように自制ができる子は一握りです。

また、たゆんだ糸はそう簡単には元に戻りません。

 

f:id:youkokurama:20200107153619j:plain

まとめると、一斉休校が続くことによる弊害は、

1、学力格差の拡大

2、コミュニケーション能力の低下

3、ストレス耐性がなくなる

となりそうです。

 

一斉休校の落とす闇は深そうです。

かと言って、生徒の安全が第一なのは言うまでもありません。

「これが正解」というものもなさそうです。

どうやら新採の頃を思い出して、

手探りながら最適解を出し続けるしかなさそうですね。

生徒の「ストーリー」をデザインする〜感動を生み出す学級経営

こんばんは、フサイチです。

今日は「クラスディズニーランド計画」について書きます。

学級経営で取り組む「スクールライフ」という取り組みについて、

叩き台を考えてみました。

f:id:youkokurama:20200107153619j:plain

1、「クラスディズニーランド計画」とは

そもそも「その変な計画はなんや」

となると思います。

 

「クラスディズニーランド計画」とは、

変化の激しい時代を生き抜く、

コミュニケーション能力や人とつながる力を身につけるために、

「周りの人々や自分たちに、感動を生み出すクラス」を目指す計画です。


詳細は以下をご覧ください。

 

youkokurama.hatenablog.com 

youkokurama.hatenablog.com

 

2、「スクールライフ」というストーリー

この学級経営計画の中で、

「スクールライフ」という取り組みをしていこうと考えています。

三行日記に近い活動だと思います。

自分の「ストーリー」を意識させることが目的です。

 

ディズニーランドが人々を魅了するのは、

そこにたくさんの「ストーリー」があるからです。

アラ○ン、シ○デレラ、不思議の国の○リス、

その魅力的な「ストーリー」の世界に引き込まれていくのです。 

f:id:youkokurama:20200413213435j:plain

小さなノートを40冊用意します。

毎朝、HRで配布します。

1、今日一日で学んだこと

2、今日一日、授業以外での出来事

3、今日一日の感想や不安、うれしかったこと

を書き、帰りのHRで回収します。

 

「プラス、マイナスの事柄や感情を、素直に書くこと」

「1から3で三行は最低書くこと」

「直接出しに来ること(後ろから回したり、友達に頼んだりしない)」

を注意事項として伝えます。

 

これを毎日繰り返せば、

学校での生活が「ストーリー」として残ります。

自分の視点から書かれた、オリジナルのストーリーです。

良いことだけでもないし、悪いことだけでもないと思います。

その浮き沈みが、一人ひとりの人生を豊かにします。

そのストーリーは、きっと魅力的なものになります。

そうやって、自分の一年間が価値のあるものだと知って欲しいのです。

 

3、失敗から学ぶ

実際にこの「スクールライフ」は、初担任の時にもやりました。

この時は、毎日コメントを入れて返すという「交換日記」的なものでした。

しかし、この取り組みは一学期で終わりました笑

というのも、忙しすぎて見れない!笑

コメントを40人に返すことが、かなりの重労働でした。

野球部の監督でもあり、授業準備も必要だったため、

ヒーヒー言いながらコメントを書きました。

そして徐々にスクールライフを配る頻度が減っていき、

自然消滅しました。笑

f:id:youkokurama:20200319234942j:plain

生徒はノートが返ってくるのを待っていたのですが、

限界でしたね。

これは、大失敗でした。

最初に続けると言っていた「スクールライフ」が続かなかったわけですから、

生徒に嘘をついたことになります。信頼関係に関わる大失態です。

 

こういう失敗をもう繰り返さないように、

毎回全員にコメントを返すことはしません。

「交換日記」のように、毎日コメントを返すことはしません。

でも、一日五人コメントを入れれば、

1週間前後で全員のノートを見ることができます。

部活もある自分には、これが限界です。

 

同じ失敗を繰り返さず「ディズニーランド化計画」、遂行します!笑

 

 

「孤独」って素晴らしい〜一人でいることのメリットとは

こんばんは、フサイチです。

今日は、「孤独」について書きたいと思います。

 

世の中に絡めつつ、本当は次の国語の授業で扱うテーマだったからです笑

 

今って、外出自粛とか在宅ワークでめっちゃ孤独感を感じませんか?

私は感じます。

普段は生徒や先生など、周りの人に囲まれていて人酔いするくらいの環境にいます。

でも、孤独って悪いことじゃないということを、今日は書いていきます。

そのために、まずは孤独を紐解いていきます。

ちなみに一人カフェです笑

f:id:youkokurama:20200416215202j:plain

1、「孤立」と「孤独」の違い

孤独って「一人ぼっち」って感じで、あんまり良い意味で使わないですよね。

 

「恋人にふられて孤独だわー」

「友達いなくて、マジぼっち!」

 

とか、あまり一人でいることはポジティブに捉えられることがありません。

人とつながることの幸福は、

ドイツの心理学者アドラーも「共同体感覚」という言葉で表現していました。

 

ところで、孤独っていう言葉を私たちはよく使いますが、

「孤立」も使うことがありますよね。

 

「クラスから孤立してるんだよね」

「会社で孤立してまんねん!」

 

これも先ほどの「ぼっち!」と同じ使い方をしているけど、

この「孤立」と「孤独」の意味は全く違います。

ドイツの哲学者ハンナ・アレントは孤独研究の第一人者です。

 

彼によると、

「孤立」とは、「他人に囲まれながら彼らと接触できず、

あるいは彼らの敵意にさらされている状態」を指します。

全ての周りの人に避けられ、隔離されている状況が「孤立」です。

これはエグいくらい辛くて、

アレントも「孤立は最も絶望的な経験の一つ」と言っています。

 

一方で、「孤独」は、「一人でいることを必要とする状態」を指しています。

「孤立」が周りに人がいるのに、人々から断絶されているのに対し、

「孤独」は、「自分自身と一緒にいることができる」状態です。

一人である私は私の自我と一緒にいるため、

「孤独」とは「一者のうちにある二者」の状態です。

f:id:youkokurama:20200416215352j:plain

2、一人だけど、一人じゃない

ヒカルの碁』の”サイ“を思い浮かべると分かりやすいですね。

見たことない人は必ず見てください!!国民的アニメです、ほんとに!!

(※ここからネタバレになります)

彼は碁の神様として、ヒカルに取り憑きました。

ヒカルはサイに碁を教えてもらい、プロになり成長を続けます。

一方、ヒカルの成長を見届けて、サイは彼から離れ、天に召します笑

ヒカルはいきなりサイが消えて、碁をやめて塞ぎ込みます。孤立ですね。

しかし、久しぶりに碁を打った時に、こう言いました。

「俺の中にサイがいる、俺の打つ碁の中にサイがいるんだ」

 

まさにこの状況ですね。

サイがいなくなって一人だけど、一人じゃない。

孤独でも、碁を撃ち続けることで、サイに会えるんだ。

ヒカルは再び碁を打ち始めましたとさ。

そんな話でした。

 

ヒカルは碁を打つことで、自分自身の中にサイを感じ、

「孤立」から抜け出します。

もちろん、ヒカルにはもうサイは取り憑いていません。

でも、ヒカルは自分の中で「孤立」から抜け出し、

一人で「孤独」の道を歩む決断をしたんです。

一人だけど、一人じゃないですよね。

マジでリスペクトです(本当に見たほうがいいよ笑)

f:id:youkokurama:20200416215454j:plain

名言格言ネットより転載



3、「孤独」はメリットだらけ

さて、「孤立」と「孤独」の違いを見ました。

 

「どっちも一人ぼっちには変わりないじゃないか!」

と言われれば、その通りなんです。

 

ですが、大事なことは、

 

「孤独」や「孤立」という言葉が極めて主観的な概念であるということ。

「孤独」のとらえ方は自分次第ということです。

 

人は孤独なときにこそ、自分の素直な気持ちに気づくことができます。

また、自律性も育まれるし、孤独な人ほどコミュニケーションや人とのつながりを

大切にする傾向があると言われています。

孤独に耐えられる人は、自分を大切にするから、人を大切にできるんですね。

 

そして、孤独であることは行動へのエネルギーになります。

彼女と別れた後、無性に何か新しい目標を決めたくなったりしませんか?

僕はしました笑

 

実は「孤独」はメリットだらけなんです。

「ぼっちバンザイ」

本当に「ぼっち」の方が成長できるかもしれませんよ。

今、コロナショックで一人で家の中にいることが多い方は、

成長のいい機会と捉えてみると、いいかもしれません。

f:id:youkokurama:20200416215701j:plain

相田みつを美術館より転載